Archive for 12月, 2011

 今日で今年も終わり、一年が早く感じる。人生とははかないもの、残された時間を大切にしなければと思う。私の周辺で亡くなった人も年々増えてきて、今年も何度か涙した。その時の別れはつらいけど心の中でいつまでも生き続けている人がいる。次々と生前の顔が浮かんでくるともう一度お会いしたいなとも思う。
 今日東京にいる息子が帰ってくるので、家内はおいしいものを食べさせようと台所に立って張り切っている。東日本大震災や豪雨災害で被災した人達のことを思うと、家族4人元気で新年を迎えることができるのはありがたいことだ。
 日本の現状と先行きを考えると、心配なことばかり、「ゆでがえる」状態にならない間に立ち直れるような国にしないとダメだ。野田さんの心意気はわかったが、国会議員の大幅削減と公務員給与の削減をまず実行しないと国民はついていかないし、今のまま消費税増税に進んでいったらもっと日本経済は沈んでいく。これから労働人口が減り年金だ、福祉だとお金のかかることがますます増えてゆくというのに、成長戦略に重心をおいた政策を立てないと、産業流出・財政破たん・失業などがもっと深刻になるよ。

 NHKドラマ「坂の上の雲」の最終回を見てまたまた身体中が熱くなった。日本がロシアのバルチック艦隊を破ったことは黄色人種が白色人種を倒すという世界の歴史を変えた出来事であったと言われているが、改めて日本国の存亡をかけた先輩達の気概に触れる思いであった。今の学校ではこのことはあまり教えられず反戦思想ばかり叩き込んでいるようだが、これでは国を想い守る気持ちが湧いてこない。
 テレビをそのままつけていると、「永田町 権力の漂流」と言う番組が流れていたのでみてしまった。二年半前の政権交代から現在まで政治家の証言を元に振り返ったドキュメンタリーだったが、ウンザリした。「坂の上の雲」との落差があまりにも大きく今の政治家の国民不在の権力闘争にはヘキエキする。その世界で働いていた自分の半生を否定されるような気持ちになる。

 村の今年最後の常会に出席した。たった26戸の大字であるが、年老いたおばあさんだけになったお家が町に住む息子さんのほうに行かれ村のいろんなお付き合いが出来なくなったという。もう一軒、女の人だけのおうちではお寺やお宮のいろんな役が回ってきても出来なくなったという話もあった。これまで助け合いながら墓掘り、道作り、お寺や神社の行事の役目など村を維持してきた機能が少しずつ壊れつつあるのだ。若い人達の殆んどはサラリーマンになっているから、そういうお役が回ってきてもやりつらくなっている。我が家を見ても、私はかろうじて出来る限り村のお付き合いは果たしてゆきたいと思っているが、息子は東京生まれの東京育ち、いまも東京で仕事をしているから私たち夫婦が亡くなったら出来なくなるだろう。
 家も墓も田畑や山林もどうして維持すればいいのか、暗澹たる気持ちになる。我が家や我が村だけの問題ではない。現在の日本社会が抱える構造的変化である。美しい日本の原風景や伝統文化を維持するために努力してくださっている人達に感謝すると同時に政治や行政がどう対処するのか、権力闘争や保身に明け暮れるのを止めて真剣に国の将来を考えて欲しい。

韓国の李明博大統領が来日、野田総理との会談が京都で行われ、その中身はほとんど元慰安婦問題に費やされたという。韓国の国内事情から大統領がこの問題を持ち出さざるを得ない立場に置かれていることは想像できるが、だからと言って、日本政府が姿勢をあいまいにしてはいけない。
 野田総理が「法的にはこの問題は決着済みであるが人道上検討の余地がある」というようなことを言ったと報道されているが、甘すぎはしないか。
そもそも、慰安婦は公権力による動員や強制によるものではなかったから国家による賠償や補償の対象ではない。日本軍が駐屯していた戦地に慰安所があり慰安婦が存在していたことは事実であるが、貧困による身売りがその背景にあり純粋な商行為であり、「従軍」が意味するような公権力による強制的なものではなかった。そして、仮に国家責任ありとしても、1965年の日韓国交回復により日本は韓国に対し、無償3億ドル、有償2億ドルの賠償責任を果たしている。身売りされたことも知らされないまま売春でカネを得、実家に仕送りしていた女性はいっぱいいたのだから当時の関係者の証言をとれば事実は明らかになるはずだ。
 「日本軍に強制連行された」と証言した人物は嘘を言っていたということも明らかになっている。アメリカに協力してベトナム戦争に出て行った韓国軍兵士の駐屯地周辺に慰安所があった話を聞いたこともあるし、戦後日本に駐留したGHQはまず最初に慰安所を作れと要求してきたと聞いている。「パンパン」と呼ばれた女性をなんども見かけたことも子供心に覚えている。私は売春そのものを良いことだとは思っていないが、昔は日本でも合法だったし、戦地では必要悪として是認されていたのだ。
 日韓のトップ会談の話題に上ることもおかしいし、日本大使館の前に慰安婦の銅像を建てたという話も実に不愉快だ。そんなことより、野田総理には、「竹島は日本の領土であるから韓国の占拠をやめてもらいたい。国際司法裁判所で決着させましょう」と言ってほしかった。NHKテレビの「坂の上の雲」を見て、日露戦争で多くの犠牲を払いながら必死にこの国を守った先輩たちの気概を今の日本の政治家や国民が持たなければ将来が心配でならない。

都祁産の10割蕎麦

都祁産の10割蕎麦

昨日、耕作放棄地を借りて我々が作った蕎麦をはじめていただくことが出来た。南生駒で「春知」という蕎麦屋さんを営んでおられる高本さんがわざわざ都祁まで来て都祁「きみかげの蕎麦」を食べさせてくださった。種蒔きから収穫、乾燥、選別まで全部みんなで手作業でやったから、お手伝いをしてくださったみなさんの内30人が参加、「たかが蕎麦」と思っていたがあれだけ手間をかけるものだと分かって(おカネにすると安いものだが)愛おしく思えるようになってくるから不思議だ。
 手前味噌だが、どこの蕎麦屋の蕎麦より美味しかった。自分たちが気持ちを込めて作った蕎麦だから。

大和路を駆ける選手の皆さん

大和路を駆ける選手の皆さん

いよいよ師走も半ば、寒さが一段と厳しくなってきたし、忙しい毎日が続いている。12月11日(日曜日)は第二回目の奈良マラソンの日、私は主管を務める奈良陸上競技協会の会長を務めさせていただいているので朝6時マンション出発、6時半からのミーティングで現場でボランティアの人達を束ねていただく皆さんを激励、知事さんの号砲でスタートすると先導車に乗せてもらって全コース見て回った。役員の方々やボランティアの人達一人一人に「ご苦労様」「ありがとう」と手を振ってお礼を言ったり、選手の皆さんにも「がんばれ!がんばれ!」と激励した。大勢沿道で応援してくださっていて嬉しかったし、4千人以上のボランティアが寒い中コース脇でそれぞれの役目を果たしてくれている姿にこころから感謝の気持ちでいっぱいになった。

 一万人のフルマラソンに加え10キロ、5キロなどで6千人が走っている姿は壮観だ。紅葉した奈良盆地周辺の山々を背にして走っている皆さん見ていると、来年挑戦してみようかという気持ちが湧いてくる。
 12月13日の奈良新聞は「奈良マラソンのオンパレード」だった。12月の奈良の風物詩として定着してほしい。昨年の反省点に改善を加え事務局の皆さんがこの日のためによくがんばってくれた。感謝!感謝!