8月7日東京で開催された全日本ジュニア綱引き選手権大会で我が奈良県の「月ヶ瀬TCジュニア」が全勝で日本一に輝く快挙を成し遂げた。8人の体重が360キロ、年齢が13歳以下、男子の部であるが女子が混じっても良いというルールになっているのだが、月ヶ瀬地区の全校生徒小学生63名、中学生43名の中から交代要員も含め10名の綱引き部員が一丸となって頑張った結果である。利光監督というものすごい熱心な指導者と全日本選手権試合を何度も経験している大人の綱引き選手がコーチになって子供たちを育て上げた。子供たちも厳しい練習によく耐えたものだ。
私はいま日本綱引き連盟の副会長であり奈良県連盟の会長なので「よくぞやった!」という喜びいっぱい、最近大人の綱引き競技が全国的にも低迷し奈良県はベスト8に残ったのが最高という実績しかないだけに奈良県のジュニアチームが全国優勝したことは大きな刺激になる。月ヶ瀬は奈良市と合併する5年前までは大変まとまりのよい村であった。今回の快挙は大人の綱引きも強い伝統があり学校も地域も綱引きに温かい目を注ぐ月ヶ瀬地区の環境も幸いしたと思う。
話は違うが、5年間で5人も総理大臣が替わった日本で、次の総理を選ぶことになる民主党の代表選挙、5人の候補者が国民不在の数を競い合っていることに空しさを感じているのは私だけではないだろう。候補者の権力欲は見えるが国家觀や危機意識が見えないのが情けない。

知事に勝利報告をした月ヶ瀬TCジュニアチーム
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蕎麦の種蒔き仲間
わがNPO法人きみかげの森の活動が忙しくなってきた。じゃが芋の収穫をしたかと思えば、次は蕎麦の種蒔き。8月20日に種蒔きと決めていたものの予定している耕作放棄地は草ぼうぼう、1800平方メートルの草刈、焼却、耕運を4人で前日までにやったが、暑いなかこれが結構きつかった。種蒔き当日は18人もの人が集まってくださり、10キログラムの種を半日で蒔き終えた。人が多いと仕事が速い、ありがたかった。9月下旬には花が咲き10月末には収穫できるという、楽しみだ。山林の整備も急ピッチ、地球環境基金の助成をいただいている池の築造そして地域の珍しい植物を植える予定だ。
私が一日とて家でジットしていることがないので家内は「貴方、もう引退したのだからオールデイサンデイのはずなのに家のことなにもしてくれないじゃないの?」と皮肉る。
8月19日から4日間全日本中学校陸上競技選手権大会が奈良で始めて開催されているので、奈良陸上競技協会の会長としても責任が重い。3年越しで用意をしてもらってきたが、他府県に比べ鴻池陸上競技場の施設は狭い、駐車場が少ない、企業の寄付が集まらないなど厳しい環境の中でようやく開催にこぎつけることが出来たけれど、中学校の先生方ががんばってくれたおかげだ。嬉しいのはあの東日本大震災の被災地福島、宮城、岩手などの選手も苦しいなかで参加してくれたことだ。開会式の挨拶で私は「なでしこジャパンが『あきらめない』を教えてくれた。おかげで日本人皆が感動や希望をもらい被災地の方々の生きる希望にもつながっている。中学生の皆さんも最後まであきらめないでベストをつくしてこの奈良大会を意義あるものにしてください」と話した。中学生と思えない大きな身体の選手がいっぱいいるのに圧倒されている。
忙しい合間に「日本を美しくする会『奈良掃除に学ぶ会』の年次総会が今年も母校三笠中学校で開かれ参加した。この会は宗教でもなんでもないが教組のような存在鍵山秀三郎先生が指導にきてくださった。ただトイレの掃除をするだけのことであるがちゃんとした哲学をもってはじめられたからりっぱなものだ、私も4,5年前からこの会に入って月1回の例会に出来る限り参加するようにしている。便器に素手を突っ込むその第一歩を踏み出す勇気やご縁をいただいた友人を大事にするようになどいろんなアドバイスを賜ることが出来た。トイレ掃除は自分磨きだと思ってこれからも出来る限り参加してゆきたい。
先日高校の先輩にお会いし味噌作りしませんかと言ってくださったので、興味が湧いてきて初めて味噌作り教室に参加した。大豆と麹と塩を混ぜるだけの一見簡単なものだが、「機械で作るのと人間が手でこねながらやるのではやっぱり味が違います。手でやるのがやはり一番です」とおっしゃる。以前、蕎麦も機械で粉にするより石臼を手でまわしながら粉にするほうがいいと聞いたから共通する不思議な力を感じた。約4キロの手作り味噌をいただいて帰った。発酵して来年の5、6月頃たべることができるそうで楽しみだ。
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今年も8月15日を目前にしている。お盆が来るとご先祖さんを想い、同時に靖国神社が浮かび、6年前(平成17年5月26日)の自分の発言を思い出す。
「小泉総理の靖国神社参拝をめぐって中国がA級戦犯合祀を問題にしています。これに対する与党幹部の態度は如何なものか。中国の気にさわっているから何とかして靖国神社とA級戦犯を切り離したいという対応しかしていないように見えます。そもそもA級戦犯といいますが、日本が占領下にあったとき、勝者である連合軍が国際法違反の軍事裁判で敗戦国日本を裁いたものです。戦争はどうしても話し合いで決着しないとき、国際法で認められた一つの政治形態です。日本は経済封鎖され、やむなく戦争せざるを得ない状態に追い詰められ国際法のルールにのっとって戦争をしました。勝った方が正義で負けた方が悪ということではありません。独立回復後は、国会でも全会一致で名誉回復を図り、A級戦犯といわれた人達の遺族にも恩給が支給されるようになりました。
A級戦犯の中には絞首刑になった人も禁固刑になった人もいましたが、皆罪を償いました。のちに大臣や総理大臣になった人もいます。A級戦犯はもはや罪人ではありません。日本は中国にも韓国にも何度も何度も謝ってきました。戦後60年間、平和主義を貫き、一度も戦争をしないでやってきましたし、経済援助もしてきました。中国や韓国に媚びてA級戦犯の分祀や新たな追悼施設を目指すのではなく、『東京裁判は国際法上違法であった』と世界に向って主張すべきです。」
自民党の代議士会での発言だが、当時厚生労働省の大臣政務官を務め、小泉内閣の一員であったからマスコミはこの発言を大きく取り上げ、朝日新聞の社説は2回も私を非難、産経新聞の正論では東京大学名誉教授の小堀桂一郎先生が賛成の論陣を張ってくださった。議員会館の部屋は電話とメールの洪水、批判的なものは少なく、圧倒的に激励してくださるものが多かった。
小泉総理は「日本はサンフランシスコ条約を受け入れている」と言って逃げの姿勢、細田官房長官も「政府の一員として話したのではないでしょう。個人の見解でしょう。」と言い、何もなかったことにしたい気持ちがありあり。国家の基本に関わる重要な問題を投げかけたのに全く内閣の腹が据わっていなかった。
国家のため命を捧げた人達になんと冷たい政治が行われているか、殆んどの政治家は平和ボケ、そのうえ民主党政権になったから中国・韓国に平身低頭、歴史の歪曲や中国や韓国の内政干渉に国民の反応も鈍い。
私はいまも耐えがたい思いをもっている。靖国神社に祀られている246万柱の英霊が泣いているに違いない。
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