「郵政民営化に反対した森岡さんにワシは惚れ直したわ。がんばってや。」と突然見知らぬ男性から声をかけられ励まされた。嬉しかった。最近小泉改革なるものに疑問を持つ人は多くなったのは事実だがこのようにはっきり言う人は少ないだけにほんとうに嬉しかった。
久しぶりに知り合いの店に昼食を食べに行った。一昨年ご主人が脳梗塞で倒れ奥さんが苦労しながらお店を切り盛りしておられるので激励するつもりでいったらなんと、カウンターの中にご主人が立ってるではないか!顔を合わせてお互いニッコリ、でも言葉がすぐに出てこないほどグッと熱いものがこみ上げてきた。お客さんが多い時間帯なので奥さんも忙しそうに動きながら「森岡さんご機嫌さん」と声をかけてくださった。「ご主人良かったですね。」というと「どうにかやっとここまで来ました。」と嬉しそうに。ご主人はまだリハビリ中だがどうにかコーヒーをたてられるようになったという。相手の話が半分くらいしか理解できないとおっしゃっていたが脳梗塞の後遺症としては軽いほうの様子。良かった、ほんとに良かった。わがことのように嬉しかった。
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本日第5回和の国活性講座「森岡正宏のお堅い話と女性落語家”露の都”さんのお笑い」を開催した。約300人の人たちが参加してくださった。僕は毎朝街頭でしゃべっているようなこと「中国の胡錦涛主席訪日の総括やほころびの見える社会保障制度(後期高齢者医療制度)、そして政局のゆくえなど」を少し噛み砕いて話した。露の都さんのお話がまた楽しくて好かった。食事中皆さんの感想を聞きがてら各テーブルを回ったら「きてよかった。」「楽しかった」「森岡さんがんばってや。」など割合好感度高く嬉しかった。
選挙の先行きがまだ見えてこない中で今日の催しが成功するようにと願っていただけにホッとする思いだった。平沼新党への期待感なども話していたからマスコミの人たちがどういう印象を持ったか気になるところだ、
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大型連休が終わり二日間上京、6日から胡錦涛主席がやってきたので永田町周辺の警備が厳しくて大変。そのうえ7日深夜結構大きな地震が水戸中心で起き東京も揺れた。勉強会に出たりいろんな人に会ったりしたが「福田政権の支持率は18%に低下、それが政党支持率にまで影響し民主党支持30%・自民党支持24%、民主党中心の政権が望ましいと言う人が50%なのに自民党中心のほうがいいと言う人は26.7%だ。このままの状態で総選挙を迎えると自民党は100議席失う。福田政権で選挙はやれない。」と聞かされた。勝谷誠彦流にいうと、「いまの日本はウソツキ自民党がいいか、それとも頼りない民主党がいいかという次元の政治、ウソツキ自民より一回とにかく頼りないけど民主にやらせてみたらと多くの人が思い始めている。」
僕も、もはやいまの自民党は復元力を失ってしまったように思う。これまで自民党を支えてきた団体や支持者を逆なでするようなことばかりやっている。小泉以来自民党は変わってしまった。これからの日本がどうなるのか。民主党も何を考えているのか、見えてこない。
胡錦涛国家主席と福田総理の会談も中身の無いものだった。チベット・毒入りギョーザ・東シナ海のガス田開発どれをとっても福田さん良くやったと言えるものはなにもない。パンダを貸すと言われてよろこんでいる場合ではない。明日胡錦涛さんが奈良へやってくる。お昼は新公会堂で昼食とのこと。「胡錦涛さん、これが御国ご自慢の冷凍ギョーザでございます。どうぞ、召し上がってください。」と中国製冷凍ギョーザをお出ししたらどうだろう。ウヤムヤにして済まそうとしている胡錦涛さんへの最高のもてなしになるでしょう。
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大学のボート部でお世話になった四方監督の傘寿を祝う集いがあり、瀬田川のほとりの料理屋に20人余り集まった。現役時代直接教わったものばかりでみんな60歳から65歳まで、ほとんどが昔の筋肉隆々の体形から程遠く太っちょで髪もバーコード、ツルツル、ゴマシオなど40年の歳月はじつに冷酷だと思った。しかし、みんな学生時代に戻って実に愉快だった。四方監督は風貌は昔とほとんど変わらず今も毎日のようにスイミングスクールで若い女性(60歳以上?)とともに千m以上泳いでおられる由、僕のボート生活で一番お世話になりご指導をいただいた人であっただけに父親に会ったようで嬉しかった。
僕が受験に失敗し失意の状態で同志社大学に入ってまず決めたことはとにかくスポーツに熱中して自信を持てる人間になるんだということだったからあこがれのボート部に誘われて期待に胸を膨らましていた。ところが、なかに入ったら当時の同志社ボートは弱い弱い、しかも石山や瀬田のいろんなお店に借金だらけで胸をはって歩けない状態だった。そこに四方先輩が監督として乗り込んでこられゼロから再出発となったのである。そのため僕は3年のとき選手を下ろされ主務として財政再建や優秀な高校生を全国からスカウトする仕事、そしてジュニアエイトの養成などをまかされた。4年になったらぼくが主将,30人ほどの部員の心をひとつにすることがむずかしくなんどもなんども四方監督を訪ねて教えを請うたものだ。おかげで僕達の同志社エイトクルーは京大を破って関西選手権で勝った。それから後輩が全日本選手権で3位,2位,優勝、優勝とがんばってくれメキシコオリンピック出場と同志社大学ボート部の黄金時代を築いてくれた。僕が現役のとき全日本選手権大会にでても毎年1回戦敗退、敗者復活戦も敗退というのが同志社クルーの成績だっただけに信じられない気持ちだった。「やればできる。」ぼくらの夢を実現させてくれた監督が四方先輩であった。僕も同志社でボートをやってほんとに良かったと思っている。キャプテンを経験したあの頃の苦労を思えば社会にでて経験したことなどちっとも苦しいとは思わない。四方さんにはほんとに感謝している。長生きして欲しい。
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相変わらず毎日一時間の街頭演説を続けている。今朝学園前の南口でしゃべっていたら突然男の人が近づいて私の右手にクシャクシャになったお札を握らせた。お金だと思ってとっさに辞退したが無理やり握らせた人も強引に「取っとけ。遠慮するな。」というような目でにらめつけた。わたしは「お名前を」といったが首を横に振って名乗ろうとされない。「あんな奴に負けたらあかんぞ。」と言って去っていかれた。驚くとともに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。演説を終えて手の中をみると クシャクシャの千円札であった。事務所に戻って神棚にそのお札を供えた。
二月の寒い日は自動販売機で買ったあったかい缶コーヒーやお茶を差し入れてくださった女性が何人もいた。お菓子をくださった人もいた。わたしが勝手にしゃべっているだけなのに申し訳ない。でも心配してくださる方が居ると言うことは嬉しいこと、がんばらなくっちゃ。
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