Archive for 2月, 2008

「いのち」を考える

2月 12th, 2008

 いのちの電話協会の催しに家内とともに参加した。河瀬直美監督の『垂乳女(たらちめ)』という映画をみてそのあと彼女の講演があった。映画は彼女自身の生活のなかで育ててもらったおばあちゃんと自分、そして自らの出産体験を赤裸々に描き子供との「いのち」のつながりを表現していた。講演では、「90歳を過ぎたおばあちゃんが痴呆症になっている。子育てをしながら映画作りと取り組んでいるが、生きるとはこういうことか、家族のありがたさなどを感じる。そして生活と祈りが一体となっている奈良が好きだからこれからも奈良で映画を作っていきたい。」といろんな体験を交えながら話された。

 いのちの電話協会は悩みを持っている人や死にたいと思っている人などと24時間電話を通して相談にのっておられる。実に尊い仕事、切羽詰まった人との真剣勝負のボランティアである。頭が下がる。誕生、苦楽を経験しながら続く人生、そしてやがて死を迎える。生きるとはどういうことなんだろう。何のために生まれてきたのだろう。「いのち」について考えさせられたいい催しでした。家内が帰りに一言「もっと若いひとに聞かせてやりたかったね。」

建国記念日

2月 11th, 2008

 建国記念日、珍しく雲ひとつない好天気でした。春日大社にお参りしたら参拝者も多く気ぶん良かった。挨拶をと言われたので「いま日本は閉塞感が漂っている。いまこそ日本が誇れるものは何だろう。なにが足りないんだろうと考えるべきときではないか。日本には2千年以上の歴史があり伝統・文化がある。アメリカは高々2,3百年の歴史しかないが63年前の敗戦で占領軍により歴史を否定され改ざんされたりもした。一昨年安倍政権の下、教育基本法が改正されようやく伝統・文化の尊重、国や郷土を愛する態度を養うと言う言葉が入った。われわれのご先祖が築いてくれたこの日本、私たちが冥土でご先祖に出会うとき『おまえたちよくやってくれた。』と言われるように生きてゆかねばならないと思う。先祖供養とはご先祖に恥じない生き方をすることではないか。」と話した。

 土地家屋調査士会の会館起工式や特定郵便局長会の懇親会など結構忙しい祭日であった。

 昨日は奈良市内で11センチの積雪、12年ぶりとか。葛城市で県スポーツ・レクレーション大会綱引きの部が行われた。車で行きたいのだが危ないので迷ったあげく近鉄電車を乗り継いで行った。1時間半かかった。16チームの出場を予定していたが他の市町村からの出場は雪のためゼロになってしまった。しかしいかにもスポ・レク試合らしく素人の大会で結構おもしろくみんな喜んでくれた。

 昨晩「南京の真実」という映画の試写会が八尾市であり、私も見に行った。東京裁判で絞首刑となった7人が刑が執行される前最後の一日をどのように過ごしたかを中心に、いわゆる「南京大虐殺」なんて占領軍のデッチアゲであることを訴えていた。東京大空襲で10万人、広島・長崎の原爆で30万人アメリカが日本の非戦闘員を殺した事実を指弾されないように突然南京で日本軍による大虐殺があったかのごとく裁かれたものだ。いまの日本人のほとんどは日本人による大虐殺があったことは間違いないと思っている。中国には抗日記念館が全土に建てられ反日教育の原点になっている。真実の歴史を知ってもらうために桜チャンネルの水島社長などが立ち上がられできた映画だ。重苦しい映画だったが占領軍により歴史を歪められた腹立たしさが身体中を燃えさせた。政治家がしっかりしないとますますわれわれ日本の先輩たちに申し訳が立たなくなる。

 雪の中を滑りそうになりながらも、熱くなって帰った。

寒い朝の街頭演説

2月 8th, 2008

今朝は特に冷えた。いつものように5時40分起床、6時10分頃家を出た。薄暗い中を歩くと肌を刺すような冷たい空気が襲ってきた。いつもと違ってもやがかかり先が見えない。街宣車の窓ガラスが凍って走れないのでエンジンをかけ暖めながらポットのお湯を流してタオルでこする、擦ってもこすってもなかなか取れないし指先が痛いほどに冷たい。ようやく溶けてきたのでハンドルを握る。JRなら駅前でしゃべりだしたが風がほんとに冷たい。時々いろいろな人が「がんばって!」とか「森岡さん、風邪ひいたらあかんで。」と言いながら歩いていく。ありがたいことだ。批判的な見方をする人なら「この寒いなかようやるわ、アホちやうか。」と思っているかもしれない。やっと1時間しゃべり終えて帰ってきたが車のエンジンをかけるのさえ難しいくらい手がかじかんでいた。

でもこれを欠かさず続けることが僕の目標に一歩ずつ近づくことであると信じている。

ノーベル賞受賞者小柴昌俊先生の講演を聴く機会に恵まれた。「僕は東大の物理をビリで卒業した。学校の成績だけで人間の一生が決まるものではない。また成績トップであれば能力のある人とは限らない。」とおっしゃって実際に優が2つしかない自分の成績をスライドで見せノーベル賞受賞に至るまでのお話をされた。実に気さくで偉ぶったところが無いし好感がもてた。

「やれば、できる。」というご著書をいただいたので新幹線のなかで一気に読んでますます小柴ファンになった。小児麻痺になったこと、アルバイトしながら勉強された苦労話、逆境にあってもめげない気力、世界中の物理学者と積極的に付き合われる姿勢、若者を育てようとされる努力などどれをとっても素晴らしい。人間としてのスケールの大きさを感じた。カミオカンデ、ニュウトリノという言葉もなんのことかわからなかった、物理なんて私にとっては最も弱く縁遠い世界のいったんを知り嬉しくもなった。「理科を好きになれるかどうかは小学校4,5年から中学校1,2年の最も頭の吸収力の良い頃良い理科の良い先生に恵まれるかどうかという要素が大きい。やはり先生の存在は大きいですよ。」という言葉が印象的だった。