Archive for 1月, 2008

陸上競技協会の拡大役員会があり、今年度の報告と来年度の事業計画などが話し合われた。なにしろ、私にとっては会長を務めている団体だけに一生懸命なのだが難しい問題がたくさんある。2009年に予定している全国高校総体を1年半後に控えているため鴻池の競技場の全面改修でこれからしばらくは橿原の県営競技場に頼って各種事業を進めねばならない。やりくりが大変、その上、県がスポーツ関係の補助金を毎年厳しく削減してくるから強化費用やその他の活動に支障がでてきている。自前でお金を稼ぐ方途を考えようと提案しておいた。優秀な選手の発掘、審判団の養成・指導者の育成などやるべきことが多い。僕は陸上競技はほとんど素人なのに奈良県の陸上を強くしたい気持ちがますます募って来る。

経済の先行きが心配

1月 24th, 2008

サブプライム問題による株価急落、原油高などで世界経済の先行きが怪しくなってきた。日本経済も深刻になりつつある。東京日帰りしてきたが、ちっともいい話がなかった。政治もガソリン税がどうなるか目が離せない。与野党の攻防が激化し最後どういう結論になるのかまだみえてこない。格差問題をさらに深刻にしそうだ。寒い北海道や東北地方など、そして田舎に行くほどガソリン・灯油の値上がりの影響を受けるからだ。貿易赤字や財政赤字を抱えるアメリカの経済がどうなるのか、ブッシュ大統領が発表した緊急経済対策もあまり効果があるとはいえないようだ。日本経済はアメリカの影響を受けやすいから国会で早く20年度の国家予算を早く成立させ実行に移してゆくことが当面急がれる。政治家は今こそ困っている人たちを助けなければならない。

平成20年1月21日と言う日は生涯忘れられない日となった。平沼赳夫・野中広務・藤井孝男氏等を迎えて、あの悪夢のような郵政選挙以降初めてのひr本格的な政治資金パーティーを開いたのであるが、予想以上1千人を超える大勢の人が来てくださった。それぞれ良いご挨拶をいただけたし、「僕はまだ見捨てられていなかった」と言う思いがこみ上げてきて胸がいっぱいになった。50人ほどの人がボランティアで手伝ってくれたこともありがたかった。蘇という字を舞台で書いたり太鼓を叩く演出もなんとか成功したようで皆さんの感想を聞いて嬉しかった。挨拶の中身もさることながら太鼓が一番心配であった。ほんとに汗が激しく噴出してきた。それにしても、平沼・野中二人とも「保守系無所属」で戦えと僕に鞭を入れられた。これからつぎの総選挙に向けて環境がどう変化するかにも気をつけてゆかねばならない。昨日のみんなのお励ましの言葉をしっかりと受け止めこれからも努力を続けてゆきたい。

温かい心

1月 13th, 2008

昨日西大寺の北口で演説していたら、突然一枚の板チョコを握らせてくれた人がいた。名前も知らない方だが胸が熱くなった。

今朝奈良社会福祉院のファミリーフェスティバルに出席させていただいたら母子家庭の施設に入っている子供たちが一生懸命歌ったり踊ったりしている姿に感動した。上田理事長をはじめ職員の皆様が一人ひとりの幸せを願って取り組んでおられる姿勢に頭がさがる。

そのあと、奈良いのちの電話協会の新年交流会に出席、昨年今里英三という偉大な創設者を失っただけに心配していたが植村理事長をはじめ皆さんが心のこもった手作りの温かい会となった。さすが心に悩みを抱えた人たちを相手にしておられる方々の集まりだけにマッタリとした空気が流れている感じがした。ギスギスしたいまの社会に一番欠けているものを示してくださっているようだった。

パーティーの準備

1月 12th, 2008

1月21日に予定している「森岡正宏の再起を願う集い」がいよいよ迫ってきた。3ヶ月前から用意を始めたが早いものだ、国政復帰に向けてあきらめることなくコツコツ今日まで歩いてきたがほんとの第一歩は21日のパーティーだと思っている。それだけに果たして何人の人が来てくれるのか心配だ。なにしろ秘書が居ないから浜田のオバチャンと二人で必死にやってきた。当日は40から50人の人たちにボランティアで助けてもらう。来賓の接遇、受付、食事、福引など粗相のないようにできるかなとか自分に与えられた役割、挨拶・揮毫・太鼓演奏など間違いなくできるかな?と思う。15日は実行委員会の皆さんに集まってもらって最後の打ち合わせとなる。なんとしてもこのパーティーを成功させ、ひたむきに森岡が駆けている姿を印象つけたいものだ。