野田総理が消費税を上げることに「政治生命をかける、命をかける」といったと報ぜられている。なんと政治家の発する言葉の軽いことよ。約束していた公務員給与引き下げや国会議員の定数削減の見通しもたっていないのに、税金だけ上げられたら国民はたまらない。ますます政治不信が増幅するし、復興の先行きが不透明な東北の人や就職が決まらない若い人たちは、「国家とはなんぞや」という気持ちになるだろう。
消費税の増税問題と政局がごちゃまぜになってきているようだが、国会議員や政党の動きをみていると、自分たちの選挙のことしか考えていないように映る。
一方、橋下市長率いる大阪維新の会はますます怪気炎、政治塾の2000人がほんとうにりっぱな人物ばかりだといいけど、なんとかチルドレンのようなのが「維新」を名乗るだけで当選するのは困るなあ。
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馬路村上治村長さんと
3月16日から18日まで高知市で開かれる「スローフードジャパン」の全国大会に参加するのを利用して村おこしの優等生である「馬路村」を訪ねた。二年前「日本自治創造学会」でこの村の上治堂司(かみじたかし)村長さんの講演を聴きこの村に関心を持ち続けてきたから今回の訪問に期待するところも大きかった。
人口1000人を切ったというのに「ゆず」のジュースや間伐材で作ったカバンなどで年間30億円以上の売り上げを誇るという。子供の数が少なく小学校も中学校も複式学級、高校もない、救急車もないという村で役場の職員40名、農協職員90名などが生き生きと働いている姿と村長さん自ら営業マンに徹しておられる様子が印象的であった。森林率96%という村だけに加工施設やホテルが地元の木材をふんだんに使って建ててあったがいずれも素晴らしかった。我々17名のメンバーの中に馬路村出身のM氏が居てなにかと連絡をしていただき、農協の組合長さんが待っていてくださった。そして、村の観光協会が運営している馬路温泉で泊まり、村長さん自ら我々の食事にお付き合い、至れりつくせりの歓待をしてくださった。聞くと上治村長は只今村長4期目、一度も選挙相手が現れず無競争だという。アイディアが豊富、謙虚で腰が低く自治体の首長として人望厚く村の発展をひたすら願う気持ちなど、実に魅力的な方だ。こんな素晴らしいリーダーがいるからこの過疎の村が蘇ったのだと思った。
スローフードの総会や懇親会でも高知県の人たちが海の幸、山の幸を生かした町おこし村おこしにかける意欲を感じとることができた。、また、日曜日毎週開かれている高知市内の「朝市」で買い物をしながらその規模の大きさや人の集まりをみて「奈良でもこんな朝市が開ければいいのに」と思った。 分厚い身のカツオのたたきや「ゆず」の香り、馬路温泉のヌルッとした温泉の感触が忘れられない旅であった。
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あの忌まわしい3.11から一周年を迎え、連日被災地の現状や復興の進み具合が報道されている。国内外から寄せられた被災地への義捐金や支援金が6千億円を超えたという。地震と津波は一瞬にして約16,000人の命を奪い、今も行方不明者が3,155人もいるそうだ。亡くなった人やまだ見つからない家族への思いをあきらめきれず悶々とした日々を送っている人、生活のため家族と別れ遠くへ働きに行っている人、放射能の影響で家があるのに帰れない人、土壌が汚染されたため農業が出来なくなった人、仮設住宅の中で不自由な生活に甘んじている人、希望を失って自殺に追いやられた人等等「気の毒だ」とか「かわいそうに」だけでは済まされない同胞がいっぱいだ。他方、悲しみや苦しさを乗り越えて雄々しく立ち上がり生活再建と取り組んでいる人たちもたくさんいることにヒカリを見る。
地震、津波、原発の三重苦と菅政権の対応の拙さに、日本という国がつぶれるのではないかという不安がよぎったけれど、なんとかここまでたどり着いた。しかし、やらねばならないことはこれからだ。原発の事故処理、復旧復興財源の確保、エネルギー政策の見直し、新たな都市計画、医療、福祉、教育、雇用等あらゆる面で被災地対策がまだまだ続いていく。そんな中で特にやりきれない思いになるのが原発避難地域の人たちのことだ。他方、原発立地自治体に電源三法交付金として3兆1千億円もの原発マネーがばらまかれ雇用や地域振興に大きな役割を果たしていたという実態をきくと複雑な思いになる。
それにしても、心臓冠動脈バイパス手術を受け先日退院されたばかりの天皇陛下が自らの強い意志で政府主催の被災者追悼式典に出席され追悼の言葉を述べられているお姿を見て熱いものが込み上げてきた。被災者にとってどれほどの励ましをいただいたことか察して余りある。
被災地の復興は日本人みんなの問題として総力をあげよう、私もささやかなお手伝いを考えている。
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メディアによってこうも見方が違うのかと驚くことが多い。
自民党がサンフランシスコ講和条約発効から60周年を迎える4月28日までにまとめようとしている憲法改正原案に対する評価も例外ではない。「長い歴史と固有の文化を持ち、日本国民統合の象徴である天皇を戴く国家」と日本独自の国柄を表明したうえで「天皇は国家元首である」と明記した、9条について現行の戦争放棄を維持しながらも自然権としての自衛権を明文化し「自衛軍」を保持するとした、緊急事態規定、選挙権の国籍条項に加え家族の尊重などもはじめて盛り込まれたこと等ようやく自民党が自民党らしさを取り戻したことを私は高く評価したいが、新聞の書きぶりはA社とS社では全く違う。
A社の読者欄には「強権的な自民改革案を許すな」と大きな見出しが躍り「憲法とは、国家が国民に対し横暴な振る舞いや圧政を課すことがないよう抑止するために制定されるもの、憲法を国家が国民を支配するための道具として利用する意図が明白、自衛隊を軍と規定することは徴兵制を敷き国家や天皇のために身を犠牲にすることを強要し、思想や表現の自由を奪った時代に逆戻りしかねない」などと書かれている。日本人が書いているとは思えないような書きぶりである。
そういえば、毎朝楽しみに見ているNHKの朝ドラ「カーネーション」にガッカリさせられたシーンが一つあった。戦争にいった息子が精神状態がおかしくなって帰ってきた理由について「危ない目に遭ったからではなく人を殺した罪悪感からだ」と決めつけ、母親に「日本の軍隊は悪いことをしたんやて」といわせている。いうまでもなく戦争はやってはならないことだが、一方が正しく他方が悪いなどと決めつけられるものではない。当時の人たちは国家の存亡をかけて戦ったし、「戦争はイヤだ、平和だ平和だ」と叫んでいるだけではこの国は守れない。
独立を回復してから60年経ってもまだ占領下にあるような議論が絶えないようではこの国の先が思いやられる。
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事件から13年かかって光市母子殺害事件にピリオドが打たれた。当時18歳の少年に妻と幼い長女を殺された夫の本村洋さんの叫びが、国を動かし、裁判結果をも変えさせた。死刑判決が出た後で本村さんが「勝者なんていない。事件が起こった時点でみんなが敗者なんだ。(死刑判決に)嬉しいとか喜びはない。厳粛な気持ちで受け止めなければならない」と淡々と語っている姿を見て熱くなった。
事件直後「どんなことをしてもこの恨みを晴らしてやりたい」と語り、犯罪被害者を蚊帳の外に置く刑事司法の不条理を訴え続けたその執念と努力は大変なものだったろう。その声が世論を作り、国を動かし、被害者の法廷での意見陳述を可能にした。この事件が少年犯罪を保護主義から厳罰主義に変えつつあるといわれている。そして、平成16年には「犯罪被害者等基本法」も成立した。本村さんのパワーは凄い。
他方、平成15年大和郡山市で起こった警察官が逃走車に発砲して助手席にいた人を死亡させた事件の判決が2月28日奈良地裁で言い渡される予定で大変注目されている。殺人と特別公務員暴行陵虐致死の罪で訴えられた二人の警察官に「職務を逸脱する発砲行為だった」と主張する検察側と「市民を守るための正当な発砲だった」とする弁護側が真っ向から対立しているのだ。
上記の二つは同じ殺人事件でも、全く性格が違う。だけどマスコミの論調は大和郡山市の事件についても「殺された方はかわいそう、警察官がやりすぎだ」というような傾向が強いようだ。どちらかに味方をするような気持ちはさらさらないが、逃走車が他の車両に激突するなどの暴走を繰り返していたからこそ警察官が発砲したのであってこれを職務逸脱とか殺人罪で有罪とされるようなら法治国家といえない。
私はかつて衆議院法務委員会で理事を務めていたとき、例の裁判員制度導入の審議をした。質問にも立ったし、与党の立場であったからもちろん賛成したのであるが、機能しつつある今も果たして素人が裁判官の一員として加わることが良いのかどうか頭の中の整理ができないでいる。マスコミが作り出す論調にもいろいろあって、裁判が歪められるおそれはないのか?
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