ブータン旅行を終えて

 2月20日から28日までブータンを訪ねた。長い間お付き合いをいただいている友人(政治部記者から大学教授をまもなく終える)が、わたしにお互いの卒業旅行だと言って(慰めるつもりで)誘ってくれただけに喜んでいくことにしたものだ。「奥さんも誘ったら」といってくれたので家内と家内の友人も加わってミックスダブルス4人の旅行となった。団体旅行ではなく個人旅行だったし、あまり知られていないミステリアスな国なので、はじめは不安と期待半分づつという感じであった。

 バンコク経由インドのバグドブラからブータンの海抜2400メートルのパロ空港に降り立った。27歳の青年ガイドと35歳のドライバーが一週間西ブータンの主なところを怪しげな英語と日本語を駆使しながら一生懸命案内してくれた。「Gross National Happiness is more important than Gross National Product」が国王の国造りの方針であり、国民の97%までわたしは幸せだと答える国とはどういう国だろうかと思いながら、首都のティンプー、ウォンディーブタン、プナカ、パロなどの町を廻った。

 酔い止めの薬を飲んで悪い舗装のガタガタ道を走ると、途中3150メートルの峠からかすかに雪に覆われたヒマラヤ連山が見えた。どこへいっても寺院であり行政機関でもあるゾンというりっぱな建物があり、国民生活が宗教と共にある、そしてその上に国王がいる感じであった。農業国ではあるがほとんど山岳地帯でやせた段々畑が続いているところが多かった。西岡という日本人の先輩がジャイカの職員としてブータンの農業の近代化に生涯を捧げられた話も聞いたが、資源らしきものもないし貧乏な国だ。しかし、汚い格好をした子供もお化粧を全くしていない娘さんたちもみな目が輝き、人なつっこい、後進国特有の金品をねだったり乞食のような人がいないから不思議だ。りっぱな建物に住んでいる人と汚いトタン張りの掘っ立て小屋に住んでいる人では随分貧富の格差が大きいように思ったが、2007年に初めて実施された国政選挙では47人の国会議員のなかで45人までが与党、与党の代表を国王が首相に任命する非常に安定した政治状況だという。わたしの印象では、「明治時代の日本に携帯電話とテレビが入ってきている状態かな、でも義務教育制度がなく学校へ行けない人が3割もいることをみてもやがてこの国の国民が民主主義に目覚めたときは恐いなあ。もしかして、GNPよりGNHをという国王の方針はやせ我慢?それとも貧しさをカモフラージュするための政治的意図があるのか?」などと思ったりした。

 そして、この国は地政学的に中国とインドの両大国にはさまれていることから安全保障はインドに頼りインド軍を駐留させているそうだ。国境のヒマラヤ山脈をインド軍が護ってくれているというが、中国に侵食されているという話もあった。

 食べ物は、いつもポテト・やきそばのような麺・とうがらしの入った辛い味付けの肉類・人参や豆類の煮付け・それに赤米のパサパサごはんが定番、ヤクのバター茶がよくでてきた。どうも魚はほとんど食べることがないらしい。人が亡くなると火葬にして骨を川に流すことと関係があるようだった。同じ仏教でも日本の場合はりっぱなお墓をつくり何回忌法要をするのが当たり前だが、ブータンにお墓はないし亡くなった人を偲ぶような行事は殆んどないという。

 今回のブータン訪問の目的の一つが一年に一度の大きなお祭りを見ることだった。紀元後8世紀チベット仏教を伝えたグル・リンポチェというブータン人が国王の次に崇めているお坊さんを再び呼び寄せて拝む大切な行事であるそうな。お面をつけたり、カラフルな衣装で実に見ごたえのある踊りを披露してくれる。大勢の人達が男性は「ゴ」女性は「キラ」という民族衣装に身を包み家族でお弁当を広げながらみている。日本の学校の昔の運動会を思い出した。

 パロのタクツアン僧院への山登りも圧巻であった。2400メートルのところから3060メートルまで登るのであるが、なにしろ高度が高度だけに苦しかったし登ったときの達成感は格別であった。

 ホテルで夜トイレにいって水を流そうとすると、(3000メートル近い高いところなので)水の元栓を切ってあるとか、風呂に入ろうとしてもお湯が少ししか出なくてブルブル震えながら体を洗ったりと、笑うに笑えないようなこともあったが、楽しかったし、なによりブータン人は人を疑うことを知らないのかと思うくらい純粋なのに感動した。 しかし、テレビもほとんど見ない、オリンピック情報も入らない、携帯電話も日本につながりにくい、そんな生活から日本に帰り、あったかい湯船に浸かって炊き立てのご飯にお漬物を食べたらやっぱり日本はいいなと思った。とはいえ、テレビをつけたら相変わらず政治とカネの話、ブータンの人が日本で生活したらなんというだろう?